私たちの周りには沢山の「マニュアル」があり、
それがない場合は「マニュアル」を作ることが奨励される。
「マニュアル」は、業務の遂行を誰もが均一レベルで
実施できることを目的としている。
ゆえに、「マニュアル」に従って業務を遂行するように、
と言ったり言われたりする機会は非常に多く、
その場合、業務担当者としては、
マニュアル通りに業務がこなせれば“合格”となる。
では、完璧な「マニュアル」が整備され、
そのマニュアル通りに忠実に業務を遂行していけば、
完璧な会社になれるだろうか?
一方で、マニュアルに全く頼らない会社・職業も存在している。
その多くの場合は師弟制度をとり、
経験や技能を口伝えに伝えていくのである。
日本はその昔、この制度を多くの職業でとっていた。
現在でも、芸術や専門技術を要する分野においては、
師弟制度が脈々と受け継がれている。
求められるレベルに達するまで長期間を要するもの、
経験や感が成果に大きな差をもたらすものについては、
言語化と形式化に限界があるため、
マニュアル作成に限界がある、もしくは、
その一部がマニュアルに落とせたとして
マニュアル通りに実行できたとしても、
全体を見た場合“合格”にはならないのだ。
芸術や専門技術を要する分野だけに係らず、
一般企業内でもこのような分野は存在するだろう。
もし、この分野に携わっているのであれば・・・
既に何十年・何百年もの昔から伝承された技能をしっかりと吸収して守り、
次の世代に伝えていくのが“仕事”である。
もし、この分野に携わっていないのであれば・・・
現在の状態を次の代へ守り伝えることを、誰も期待してはいないだろう。
期待されているのは、守り伝えるのではなく、
時代に合わせて進化し続けることなのではないだろうか?
とすると、「マニュアル」は守るべきものでない、ということになる。
「マニュアル」は、“全体”を理解するための足ががりにしか過ぎず、
時代の流れによって“全体”が変化していけば、
それに伴って変えていかなければならないものだと言える。
マニュアルばかりに頼っていたとしたら・・・
そのマニュアルが何年も前に作られたものだととしたら・・・
実は、井の中の蛙だった、ということになりかねない。
本当にそれがベストなのか?
何故変わっていないのか?
何故変えれないのか?
何故?を追求する視点で見返すと、色々なことが見えてくるだろう。
完璧な「マニュアル」が整備され、
そのマニュアル通りに忠実に業務を遂行していけば、
完璧な会社になれるだろうか?
の問いに対する一つの答えとして、
とある一時点に完璧なマニュアルを作成して遵守し続けるのではなく、
その時点で完璧なマニュアルでなかったとしても、
継続的にマニュアルが進化を続けられることが
より良い会社になれる一要素になるのではないかと考える。